遺伝子組換え植物による経口ブタ回虫ワクチンの開発
薗 さき子

*背景*

 畜産業において問題となる疾病には、代謝障害、遺伝病、感染症などさまざまなものがあるが、特に感染症による経済的損失は規模が大きい。また感染症の治療には一般に高いコストがかかることが多く、産業動物においては治療よりも予防が重要である。感染症予防の効果的な手段として様々な家畜用ワクチンが用いられているが、生産コストの高さ、1頭1頭への接種にかかる労力が莫大なものであるなど問題点も多い。さらに、接種時に家畜に多大なストレスをかけるため生育に悪影響を与えることが問題となっている。このような問題の解決策として、餌にまぜて家畜に与えるだけで効果を発揮できる経口ワクチンの可能性が注目されている。とりわけ、遺伝子組換えによって飼料作物にワクチン抗原を発現させようとの試みがなされている。このような組換え飼料作物が実用化できれば、作物を生育させるだけでワクチン生産ができるため、生産コストの大幅な削減が可能であることで期待されている。

*これまでに行なってきた研究の大まかな内容

1)ブタ回虫14kDa表皮タンパク質(As14)の毛状根での発現と解析

目的:ブタ回虫に対するワクチン抗原の植物内(毛状根)でのタンパク発現確認と、経口投与によるワクチンとしての有効性の検討。遺伝子組み換え体を毛状根にすることで組み換え体作出の時間を短縮する。

 ⇒組み換え体は作出でき、PCRによる遺伝子の導入確認はできた。
・・ノーザンブロッティングでRNAの確認はできなかった。もちろん、ウェスタンで目的のタンパクの検出はできなかった。

2)pBI131ベクターのタンパク発現量の比較検討

目的:植物ワクチン班で使用しているpBI131ベクター(荒川先生作)が従来のpBI121ベクターより目的タンパクの発現量が多いかどうかを調べた。

 ⇒pBI131ベクターにgus遺伝子を組み込み、A.rhizogenesに導入した。GUS assayでpBI121とpBI131ベクターのGUSタンパク発現量を比較した。

・・サンプル数が少なく、実験として成立しなかった。

3)CTB、CTB-As16発現Pichia(酵母)の培養と経口投与実験

目的:CTBを経口で投与する際、トレランスがおこる可能性があるかを検証する。

⇒Pichia(CTB、CTB-As16発現)の培養条件を検討し、まず、プレ実験として抗体価があがるかどうか、マウスに経口投与してELISAで抗体価を測った。

→トレランスを検討できる実験ができるほど、抗体価は上がらなかった。

*今後・・・ 大腸菌でCTB-As16を発現させ、経鼻でマウスに投与し、トレランスが起こるかどうか検討する実験をおこなう予定。

本研究では、ブタ回虫(Ascaris suum)の14kDa表皮タンパク質(As14)をワクチン抗原としてサツマイモ、及びタバコ毛状根に発現させようと試みている。ブタ回虫はブタに感染すると下痢、発育不良、喘息様呼吸症状などを呈し、獣医領域における重要な寄生虫として知られており、現在化学療法剤によって駆除されている。しかし、薬剤耐性を獲得した寄生虫の出現や畜産物への薬物残留が常に危惧されており、ワクチン開発など薬物に代わる新しい予防対策の確立が強く望まれている。

As14遺伝子は上流にコレラトキシンBサブユニット(CTB)遺伝子を、末端に液胞輸送シグナルSEKDELをタンデムにつないだものを組み込みこんだ。コレラトキシンBサブユニットはコレラ毒素の一部で毒性はなく、粘膜免疫における有効なアジュバントとして知られている。このためCTBとAs14の融合タンパク質は経口ワクチン抗原としてきわめて有効なものとなる可能性がある.

現在までに、融合タンパクをコードする遺伝子の構築を終えこれをタバコおよびサツマイモのゲノムへ導入し、組換え体が得られた。目的遺伝子の挿入は植物組織からDNAを抽出し、PCR法によって確認した。今後はノーザンブロティング法、ウェスタンブロッティング法により目的のmRNA、目的タンパク質の発現を確認する予定である。現在のところ組換え植物は完全な植物体ではなく毛状根として培養している。毛状根は、グラム陰性の土壌細菌であるAgrobacterium rhizogenes (A.rhizogenes)が植物に感染することで発生する特殊な根のことである。完全な組換え植物体に比べ、短期間で組換え体が大量に生産できること、同一器官しか発生しないので作出された組換え体全てが利用でき、投下エネルギーにたいする回収率が高くなること、半永久的に組換え植物体を培養、増殖できることなどの利点から研究に用いている。

タンパク発現の確認後は、この毛状根をマウスに経口で投与し、抗体価の増加、感染防御能力などの観点からワクチン効果を検討する予定である。また完全な培養設備の無いところでも通常の作物同様栽培できる、完全な植物体の誘導も予定している。

 さらに、CTB-As14タンパク質を発現する酵母菌を作製、培養し、マウスに経口投与することで、CTB-As14タンパク質のワクチンとしての有効性を調べる研究も同時に行っている。

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